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事例紹介

ケース1オニグルミの森づくりのイメージ

CASE 1

オニグルミの森づくり

はじまり

「オニグルミの森」は、新潟県村上市の0.92ヘクタールの土地に、2023年より造林を開始した森です。ここは、従来林業適地としてスギを育成し、伐採前は60~70年生のスギ林だったところ。2022年にそれらのスギが伐採された跡地は造林・植林の予定がなく、そのままとなっていました。

このように、伐採後、再造林が行なわれない林業地が増えています。従来の林業は木材を生産し、その売り上げで再び木を植えて育てるという循環型の仕組みによって成り立ってきました。しかし木材が売れなくなったことで、その仕組みが破綻しています。山主としても、ビジネスとして成立しないものにお金をかけて植林することは難しい。伐採までは実施しても、その後の再造林まではなされていかない現状があります。

森づくり(造林)は主に国や県からの造林補助金を活用して実施しますが、それだけでは費用のすべてを工面できないため、青葉組では、カーボン・オフセットに取り組む企業とパートナー提携を結んで支援を取り付け、ともに森づくりを推進しています。造林において、資金および作業の負担が大きいのは、最初の5~10年です。苗木が根付き、人が手を入れることで一定の成長を遂げると、金銭的にも労力的にもかかる負担は減っていきます。パートナー企業に最初の数年間の支援をいただくことで、再造林が飛躍的に進むことになるのです。

「オニグルミの森」では、はKDDI株式会社ととも共に森づくりを行ないました。

  • 施工前のイメージ

    施工前

  • 施工後のイメージ

    施工後

生物多様性・自然資本へ先進的に取り組むKDDI社

KDDIは、生物多様性に係る情報開示を積極的に行なうことを表明する**”TNFD Early Adopter”**へ登録(※1)し、すでにTNFDレポートを段階的に公開・更新する(※2)など、生物多様性・自然資本に関して先進的に取り組んでいる企業のひとつです。

同社のTNFDレポートによれば、自然資本への依存と影響について**「基地局建設や通信ケーブル設置に伴う陸域をはじめとした土地利用変化への影響」を重要項目のひとつに挙げています。このため、土地利用変化に伴う生物多様性への影響やGHG排出**、土壌汚染などに配慮する必要があるという分析結果が出ていました。

青葉組はこのレポートを基に、KDDIにとって意義のある森づくりと、その価値を検討しました。

求める貢献価値

前述のKDDIのレポート結果(生物多様性、GHG排出、土壌汚染などへの配慮)と、現地の環境(道とのアクセスがよい林業適地)を照らしあわせて、今回の森づくりが求める価値を以下に設定しました。

①CO2吸収源を創出:炭素吸収量が多いスギを植栽。またスギは木材利用が将来的にも見込まれるため、地元の木材関連産業の持続性にも貢献できます。

②水源涵養の維持・向上:沢沿いの盆地エリアを落葉広葉樹林化することで、今後30年ほどで水源涵養機能を回復させる。

③さまざまな動植物が生息できるハビタット(生息圏)構築:周辺植生や動植物の動態を観察し、好ましい実などがなる樹木を選定する。

森を調べる

森づくりの価値設定を実際の造林に活かすためにまず実施したのは、この地に適した樹種の特定や、敷地および敷地周辺の植生や生物の調査です。青葉組の提唱する「自然資本を成長させる」という観点からの森づくりは、単に原生林に戻すのではなく、木材利用も念頭におきつつ、生態系や環境にも寄与するような森づくりです。そのために、造林の基本方針として、スギ一辺倒の植林ではなく、その土地の植生を生かした樹木も合わせて植えていくことで、より自然に近い状態の森をつくっていくことを目指しています。

現場は沢が流れ、急斜面を上がると尾根があるという地形でした。標高によって植生に違いがあり、沢沿いにはオニグルミやタモといった沢周辺を好む樹種が、尾根付近にはブナやコナラといった落葉広葉樹が、その中間エリアではケヤキが多く見つかりました。敷地全体としては、敷地の中心部に向かって緩やかな集水地形となっており、盆地状の中心部は水分を多く含んでいることがわかりました。

  • 自生していたアブラチャンのイメージ

    自生していたアブラチャン。3月には黄色い艶やかな花を咲かせる。

  • アブラチャンの実のイメージ

    アブラチャンの実。油が採れ、昔は灯油や整髪に使われていた。

生物調査では、クルミの食痕から、哺乳類のアカネズミやニホンリスが生息している可能性が示唆されたほか、湿地で両生類のアカハライモリやトノサマガエルを確認。鳥類に関しては、春季にスポットセンサス調査(調査地内に定点を設け、その周辺にいる鳥を記録する手法)を実施し、キジバト、ツツドリ、アカショウビン、コゲラなど、計18種の鳥類を確認しました。

  • クルミの食痕のイメージ

    クルミの食痕

  • アカハライモリのイメージ

    アカハライモリ

  • トノサマガエルのイメージ

    トノサマガエル

造林設計

これらの調査内容を元に、造林設計を行ないます。まず、中心部の盆地エリアをバッファーゾーンとし、もともとの植生にある、落葉広葉樹のオニグルミを植栽することとしました。ニホンリスやアカネズミはオニグルミの実を採食し地中に貯蔵すること、アカネズミの仲間は、他の樹種の実(どんぐりなど)よりも優先的にオニグルミの実を食べることがわかっています。オニグルミ林が形成されれば、ニホンリスやアカネズミのエサの供給源となることが期待されるほか、オニグルミの生育本数によってメスのニホンリスの行動範囲が変化するという報告もあります。

また、至るところにさまざまな樹種の実生(種子から発芽したばかりの植物)があったため、そうした実生を積極的に残地することによって、将来的には多種多様な樹木が混ざり合う混交林を目指すこととしました。

検討の結果、敷地面積0.92ヘクタールのうち0.16ヘクタールをオニグルミの植樹エリアに、それ以外を、木材生産を行なうスギの植樹エリアにしました。植樹本数は、オニグルミ320本、スギ1520本、合計1840本にのぼります。

ゾーニング計画図のイメージ

ゾーニング計画図

なぜ落葉広葉樹を植樹するの?

樹種を落葉広葉樹にすることにも、理由があります。例えば、現場付近には沢が流れていますが、沢は山の中でも特にたくさんの生き物が棲んでいます。その沢を守り続けるには、表土や土砂の流出を食い止め、洪水や渇水を防ぐための水源涵養機能をもつ木々の存在が重要になります。落葉広葉樹は根を地中深く張り、保水力も高いことから、成長すれば水源の保全、ならびに山林の保全につながります。

また、落葉広葉樹は秋になると葉が地面に落ち、微生物や菌によって分解され、土壌の原料となります。土中の細根(樹木の根系の先端部にある直径2mm以下の細い根)も多く、有機物をたくさん供給してくれることから、ミミズや土壌微生物が活発に活動し、雨水を浸透させる団粒構造(土の粒子がくっつきあい、かたまりになった状態)を形成します。こうした土壌だと、雨が降った時に水が表土を流れるのではなく、積極的に土壌に浸透し、ゆっくりと地中を通って沢に水を供給してくれるようになります。

このように敷地の一部に落葉広葉樹林を形成していくことで、周辺土壌の保水力向上、地盤強化などが進み、スギ林を含む周辺環境に良い影響を与えることが想定されます。敷地全体を俯瞰して捉え、環境改善につながる造林設計を行なえば、スギ林もまた、複雑性のある豊かな森の一部となりうると青葉組は考えています。

  • 現場付近の沢のイメージ

    現場付近の沢

  • オニグルミの葉のイメージ

    オニグルミの葉

植樹する

2023年秋、いよいよ植樹の工程へと入りました。現場は伐採後、1年ほどそのままになっていたため、かなりの量の下草が生えていました。それを仮り払い(草刈り)した上で、地拵えを行ないました。地拵えとは、植樹しやすいよう、林内の枝葉やつるなどを取り除き、整えていく作業です。ただし今回は前述のとおり、すでに芽生えていた広葉樹の実生は切らずに残すこととしました。

  • 草刈りのイメージ

    草刈り

  • 地拵えのイメージ

    地拵え

地拵えが完了すると苗木を手配し、いよいよ植樹を行ないます。スギに関しては「コンテナ苗」といって、根鉢(植物を鉢から抜いたり、庭から掘り上げたとき出てくる、根と土がひと塊になった部分)が筒上に形成された苗が流通しており、専用の器具で穴を開けて入れていくことができます。一方オニグルミの苗木は、根が自由に伸び、土などがすべて取り除かれている「裸苗」しかありません。そのため、鍬を使って穴を掘り、ひとつずつ植えていかなくてはなりませんでした。

スギについては植栽の間隔や植える深さなど、一定のノウハウがあります。しかし「生物多様性や水源涵養を目的とし、木材利用を目的としていない広葉樹の植樹」については、知見も前例もほとんどないのが実情です。そのため、広葉樹の植樹については実際の森づくりの中でさまざまな方法を試しながら、今後も検討していく予定です。オニグルミの森では、スギと同間隔で植樹し、経過を見守ることとしました。

2024年夏、1回目の下刈りを実施したところ、心配した獣害もなく、オニグルミの苗木が根付いて、新たな葉を伸ばしていました。この先、数十年続く森づくりの始まりです。

  • オニグルミの苗木のイメージ

    オニグルミの苗木

  • 植樹のための穴掘りのイメージ

    植樹のための穴掘り

  • 一年後のオニグルミの苗木のイメージ

    一年後のオニグルミの苗木

30年後の「オニグルミの森」の姿

オニグルミが樹高10m以上に成長し、森の上層を覆っています。実をつけ始め、アカネズミ・ニホンリス・カケスなど、さまざまな動物にエサを供給するようになりました。切らずに残したホオノキやトチノキ、ナラ、クリなども成長し、さまざまな樹種が混ざり合う多様性豊かな森になっています。風によって運ばれたイロハモミジの種子や斜面上部から落ちてきたブナの実、ネズミによって運ばれたコナラやミズナラの種子も芽生え、オニグルミの下層植生までもが豊かな樹種によって構成されています。その周辺ではスギが成長し、最初の間伐が始まろうとしています。

30年後のオニグルミのイメージ