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事例紹介

ケース2スキー場跡地の森林再生のイメージ

CASE 2

スキー場跡地の森林再生

はじまり

近年、温暖化の影響による積雪量の減少やレジャー人口の減少により、閉鎖を余儀なくされるスキー場が増えています。閉鎖後のスキー場はそのまま放置されるケースが多く、その場合土砂が大量に流出してしまい岩だらけになってしまうようなケースもあります。今回、スキー場の運営企業様から、跡地の森林再生の相談を受け、実施した事業を紹介します。

現地で確認している様子のイメージ

現地で確認している様子

スキー場跡地における森林再生の課題

スキー場跡地の森林再生においては、通常の造林と違った特有の課題があります。

ひとつが土壌の問題です。スキー場をつくる際、一般的には草が生えるのを防止する目的で、表土を数十センチほど剥いだり天地返しするのが一般的です。すると、表土に残る種子をすべて取り払うのと引き換えに土壌の養分が失われます。また、営業中は融雪防止剤の散布や人工降雪機による降雪により、一般的な森の中の土壌と大きく異なる状態にあります。このまま放置していれば自然に木が生えて元の森に戻るかというとそうはならないのが実情です。

実際、20年以上放置されているスキー場では、雨や台風のたびに土壌が流出し、石がごろごろとあって河川敷のようになってしまっているケースもあります。そのため、森に戻そうと思っても、苗木を植えるだけでは、それが順調に育つかはわかりません。スキー場跡地の土壌の状態は悪く、近年は鹿が苗を食べてしまう獣害も深刻です。

通常、植栽した苗木が定着し、人の手が不要になるまでに30年。人が見て豊かな森だと思えるような状態へ戻るには100年ほどかかります。しかし、そこまで長期に渡って森林再生に人が関わり、手を入れ続けるのは難しいのが現実です。だからこそ、現場の土壌の状態や植生を見極め、与えられた期間でより確実で効率的な施業を行ない、100年後に向けた森林再生への道筋を立てる必要があります。

リフトなどを撤去するときに重機が走った跡のイメージ

リフトなどを撤去するときに重機が走った跡。
このままでは水が路面を走って洗掘されてしまい、自然に森に戻るのは難しい

生物多様性を考える

こうしたスキー場跡地特有の課題を踏まえながら、在来の動植物の生きる場所を確保することもとても重要です。今回、私たちは生態系のビッグデータを扱う株式会社シンク・ネイチャー(以下、シンク・ネイチャー)にも協力いただき、過去の事例や論文を調査し、現地の植生なども確認した上で森を設計しました。

シンク・ネイチャーには、3年、30年、100年かけて森林化していった場合と、特に何もせず放置した場合とで、生物種の多様性にどの程度インパクトがあるかをシミュレーションしていただきました。対象は、植物、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類です。

その結果、放置した場合には20mメッシュあたりの種数は約30%減少し、植林した場合には、植物と脊椎動物の総種数が最大で1.8倍程度増加。植林地全体で最大約1.5倍の種数増加となることがわかりました。

  • 頂上エリアのイメージ

    頂上エリア

  • think nature社報告レポートのイメージ

    出典: think nature社報告レポートより

植林によって恩恵を受ける種として、カヤネズミ、二ホンリスなどの哺乳類、ヨタカやエゾムシクイ、アカショウビンなどの鳥類、二ホンイモリやシュレーゲルアオガエルなどの両生類がいます。

また、植林し森に戻ることで恩恵を受ける動植物がいる一方、草地であることで恩恵を受ける動植物もいることがわかりました。例えばナギナタコウジュやミゾソバ、ショウジョウスゲなどの植物は、草地だからこそ生息し、そうした植物があることで自生する生物もいます。そのためすべてを森林にするのではなく、草地も維持しながら次第に森になっていくように誘導していくことが重要であると考えました。

シンク・ネイチャーからのレポートを踏まえ、以下のように森に戻っていくまでの植生タイプごとのシナリオを作成しました。

ナギナタコウジュのイメージ(wikipediaより)

ナギナタコウジュ(wikipediaより)

植生タイプごとの、森に戻っていくまでのイメージ

さらに、エリアごとの土壌状態などを調査し、施業内容を選定するフローチャートを作成、チャートに応じて施業内容を変更することにしました。

計画の全体像のイメージ

計画の全体像

たとえば、岩石が多く、土壌の状態が悪いエリアには、肥料木とも呼ばれ、根粒菌による窒素固定をしてくれるヤマハンノキを植えることにしました(施業③)

また、イグサやススキが繁茂しているエリアは、土壌に含まれる水分量が多く、草木が成長しづらい可能性があります。こういったエリアにも、水分量が多くても育ちやすいヤマハンノキなどの樹種を植栽します(施業④)。

一方、もともと草木が生い茂っていて比較的肥沃なエリアでは、周辺植生と同じ樹種を植栽します(施業⑤)。この際、大苗(樹高1.5メートル以上)が植栽できる場合は、シカに食べられる心配がないのでフェンスを設置しないこととしました。さらに、草木が繁茂している中に実生や稚樹が発見された場合は、それらを刈り取ることはせず、フェンスで囲って獣害防止策を講じた上で、そのまま育成します(施業⑥)。

植栽の方法については、3~5本を1組として植える「巣植え」を採用しました。巣植えは昔から行なわれてきた植栽手法で、それぞれが我先にと上に伸びようとすることに加え、地中では、3本が菌根を共有して栄養を分け合うため、木の成長が早くなると言われています。お互いに切磋琢磨しあいながら、100年後には3本のうちの1本が大きく育っていくことを目指します。

一方、全エリア共通する施工としては、水切りと獣害防護柵の設置の二つがあります。

まず、水切り(施業①)について説明します。通常、雨が降ると雨水は傾斜に対して上から下へ流れ、その際に土壌も削って縦の溝がつくられます。その溝に沿って雨水が流れるようになるとスピードが速くなり、どんどん洗掘されてさらに土がむき出しになっていき、豪雨災害時には周囲の土砂を流してしまい、土砂崩れの原因になります。これを予防するため、斜面に対して横向きに掘る溝のことを「水切り」と言います。草木が地表をしっかり覆うまでの10~20年は水切りが機能するよう、しっかり深く溝を掘ります。すると土砂の流出が軽減され、草が生えるようになっていきます。

二つ目に、獣害対策として鉄製のフェンスを設置します。長さ25~150m(最大)ほどの大小さまざまなパッチをゲレンデ上につくります(施業②)。フェンスで囲われた敷地の中に苗木を植栽したり、自然に生えてきた稚樹があるようなイメージです。現地では鹿やクマなどの哺乳類の生息が確認されており、ただ苗木を植えただけでは早々に食べられてしまうことが予想されます。フェンスで囲うことで獣害を回避し、苗木や稚樹が育ったあとも中期的に残地することで、土留めの役割も果たすことが期待されています。パッチの設置箇所の状態によっては、土留め機能を強化するため、フェンスにもたれかける形で藁でできた菰(こも)や土のうも活用します。

鉄製のフェンスのイメージ

鉄製のフェンス

まったく同じ条件の自然はないからこそ

青葉組の造林は必ずしもひとつの方法や基準、理想像にとらわれるのではなく、その土地の植生や土壌の状態を把握し、エリアごとに細かく造林設計を行なうものです。本来であれば30年程度は人の手をかけられるのがベストですが、期限が決まっている場合には、のちの森林再生がスムーズに進むよう、その期限内でできうる限りのことを考え、実行します。

今回の場合は敷地全体ではなく、小さなパッチをつくってその内部の木々を鹿などの獣害から守り、確実に成長を促すことを重視しました。数年~30年ほどは草地も維持しながら、次第に成長した木々の種子がパッチの外にこぼれ、芽を出して、自力で生き残る樹木が現れて次第に森に戻っていくように誘導していきます。

森林での作業中のイメージ

100年後の未来に向けて

水切りをつくることで表土の流出が防がれ、場合によっては草地を維持したり、すでに生えている樹木の実生を活かしていくことで、徐々に草木が生えて土壌の微生物も増え、栄養豊富な土に蘇っていきます。フェンスの中の木々は獣害から守られ、順調に成長し、地表ではササやススキだけでなく、イグサなど在来の草類が繁茂しています。さまざまな樹種が混ざり合い、大きくなった木々からは実や種が落ち、また新しい芽を出して、成長し始めます。土があらわになった部分はもはや一部の湧水エリアだけで、昆虫や動物、鳥類なども、少しずつ増え始めていきます。

森林をつくる目的として、木材生産だけでなく、事業跡地の土砂災害を防いだり、生物の棲みかをつくることの重要性も増してます。青葉組では、今後も様々な事業跡地の自然を再生させていきます。

森林のイメージ